仮庵の祭では、非常に大きな喜びを体験したイスラエルの民たちでした(8章17節)。その仮庵の祭の二日後のことです。彼らは断食をし、荒布を着けて、土をかぶって集まりました。これは指導者の指示で集まったのではなく、民たちの心の中から湧いてきた自発的な集まりでした(1節)。断食も、荒布を身にまとうのも、土をかぶるのも、それらはみな罪の悲しみを表現するものでした。大きな喜びにより、主なる神様との関係を新たにした民たちが、改めて、主の憐みを覚えて集まったのでした。昼の4分の1は主の律法の書の朗読、次の4分の1は告白をして、主を礼拝しました。この集会はレビ人たちによって導かれました(3節~5節)。

昨日の1日1章で、西多賀教会の新会堂の完成の時、ゴールデンウィークの1日を「みことばの朗読」として捧げたことを記しましたが、実は、私の記憶が正しければ、そのゴールデンウィークの次の日は「祈りの日」、その次の日は[賛美の日]として、それぞれ、1日中、祈り、また、賛美を捧げたように思います。懐かしく思い出されます。

さて、6節以降の祈りは、70人訳(ギリシャ語訳聖書)によれば、この祈りはエズラによってなされたことになっております。創造のみわざ、創造主の賛美、そして、アブラハムの召し、アブラハムとの契約、出エジプト、荒野での導き、律法の賦与、約束の地での生活、士師時代のイスラエル、そして、王国時代のイスラエル、これらの歴史の流れの中で、イスラエルの民は「うなじがこわい」民であり(16節、17節、29節)、反抗的(26節)であったこと、それにもかかわらず、つねに、主は憐みをもってイスラエルを導き、守って下さったことなど、神様の恵みを言い表して感謝しています(6節~31節)。

この箇所を読んでいて、イスラエルの民の歩みを思い出しました。同時に、自分自身の信仰の人生を照らし合わせて、ひとつひとつ、心に納得しながら読んでいました。イスラエルの民と主との間の関係に、深い感動を覚えました。主なる神様の大きな恵みと、それと人間の頑なさ、不従順、忘恩などのひどい対応は、ほんとうに、自分自身の姿であると思わされました。また、同時に、それにもかかわらず、イスラエルの民たちを捨てることなく、導かれた主の恵みに大きな感謝を覚えました。

さて、このようにイスラエルの民の歩みと、神様の恵み深い取扱いについて言い表した後、先祖の罪だけでなく、ネヘミヤ時代の罪をも含めて、自分たちの不従順の罪を告白しました(32節~37節)。36節では、「ご覧ください。私たちは奴隷です」と強調していますが、エズラやネヘミヤは、実際には奴隷の身分ではありませんでした。しかし、当時、イスラエルはペルシャ帝国の属国でした。そして、その地の収穫物は、ペルシャ王への貢物として徴収されました。そのことを「私たちは奴隷です」と表現しているわけです。この罪の告白と悔い改めを、さらに具体的な形として表したものが、イスラエルの信仰共同体としての盟約です。それに、つかさたち、レビ人たち、祭司たちが、印を押しました(38節)。その盟約に加わった人物と内容が、次章に記されています。

清宣教師