この章では、ヨブは、過去の幸いな生活を振り返っています。

2節~6節では、自分と神との関係が良好であった時のことを回顧しています。神様が自分をどんなに守り育てて下さったか、その素晴らしい日々を思い起こしています。

7節~17節では、2節~6節で神との良い関係を回顧した後、ここでは社会とのかかわりにおいて良い関係が結ばれていた時のことを回顧しています。自分が住んでいた社会においてどんなにヨブは尊敬されていたか、そこには理由があり、貧しい者、みなしご、死にかかっている人、やもめ、盲人、あしなえ、見知らぬ者たちを分け隔てせずに心をかけたからであると述べています。

18節~20節では、神との関係(2節~6節)、社会との関係(7節~17節)について回顧した後、自分の将来について自分がどう考えていたかを思い起こしています。自分は年老いても、神の前に忠実なしもべとして生きていくなら、つねに、栄光が増していくに違いないと思っていました。

21節~25節では、人々がヨブをどのように思い、どのようにヨブに接したかが記されています。人々はヨブのことばを聞こうとしていつも待っていました。ヨブは首長としての座についていましたが、人々はヨブに対して王に対するように接していました。しかし、ヨブは決して高ぶることなく、弱い立場の人のために心を用いていたことを言い表しています。

これらのヨブのことばは、決して自己義認ではなく、神ご自身が見ておられるものと一致しています(ヨブ記18節、23節参照)。

しかし、これらの過去の幸せな人生の経験が、一変します。それが30章に記されていることです。

清宣教師