ユダヤ教では、この詩篇67篇は、安息日が終了するときに歌われる詩篇として、祈祷書に載っています。

キリスト教の教会では、「神の教会は諸国の祝福の種である」ことを表している詩篇として理解しているようです。

詩篇671節は、民数記624節―26節に記載されている「主があなたを祝福し、あなたを守られますように。主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。」という『大祭司の祈り』の要約です。1節と2節で、イスラエルの民が地の祝福の種としての働きを果たすために、神が祝福の光を十分に種に与えて下さるように願っています。それは、諸国の民が神の救いを知り、体験することが出来るためです。

3節と4節では、「国々」、「国々」、「国民」、「国々」、「地の国民」、と繰り返すことにより、地上に神の国が拡大されるようにとの祈りを捧げています。神の支配により、全人類が、公平と平和と幸福を喜び楽しむことができることを示しています。

5節は3節の繰り返しになっていますが、3節では祈り(願い)として記されていますが、5節は、その祈りが聞かれたという確信の表現です。6節では、「地はその産物を出しました」、と記されていますが、これは神の祝福の証拠であって、霊的な祝福であり、物質的な祝福でもあります。イスラエルが正しく成長し、花を咲かせ、実を結ぶときに、国々の国民は、「この偉大は国民は確かに知恵のある、悟りのある民だ」(申命記4章6節)というのです。7節は、地の果てまでも、神の救いと祝福が及ぶようにとの祈りです。

主なる神は、キリストの教会を通して全世界に、福音を宣べ伝える使命を与えられました。全世界が救いと平和を享受するためです。私たちの教会では、CBTEの学びの中で、世界宣教という教会の使命を学んでいます。インターネットやスカイプの普及でますます、世界の国々の距離感が狭くなってきました。日本からも、具体的に、世界宣教に遣わされている人が起こされています。宮城県の保守バプテストの教会だけでも、古川の石田勝子宣教師はアフリカのコンゴ共和国、気仙沼の阿部姉妹はアジアの●国で、八木山教会の末冨宣教師ご夫妻はトルコで、後藤香織(旧姓大宮)姉はオーストリアのウィーンの日本語教会へ牧師夫人として遣わされました。そのほかにも、西多賀教会や他の教会からも、直接的に海外の国々で宣教する兄弟姉妹が多く起こされることと思います。しかし、それだけでなく、主は、様々な形での、直接的、あるいは、間接的な海外宣教の道を開かれるものと思います。そのためにも、私たちの日頃の生き方が重要となっています。いま、日本の中の置かれている場所こそ、視点を変えれば、まさに、海外宣教のただなかにあります。海外の教会の経済的な支援を受けなくても、あなたがすでに、そこに遣わされているからです。私たちのクリスチャンとしての感染力がアップするように、お互いに祈り続けましょう。主が遣わされた場所で宣教するという視点からは、あなたも確実に主の宣教師です。

きょうも天国の一日を感謝します。いつも喜び、絶えず祈り、すべてに感謝するクリスチャンとして、主が私たち一人一人を祝福の種として用いて下さいますように。主との新たな出会い、そして、主の新たな油注ぎを与えて下さい。

清宣教師