ほとばしる 水を描こう 堅き岩

今日の1日1章は、詩篇105篇でした。そのところで、私なりに、教えられた箇所は、41節でした。
『主が岩を開かれると、水がほとばしり出た』という記述です。岩から水が出るというのは、普通は考えられないことです。新約聖書によれば、この岩は、イエス様のこと、水は御霊のことを表しているという解き明かしがなされています。イエス様のうちから御霊の流れがあふれ出てくるというのです。岩というのは固くて水が出てくるようなものではありません。だから、私たちは、いかにも水がありそうな所を求めて捜し歩いているのではないかと思います。でも、考えてみると、岩というのは、水が湧いてくるのを、絶対に期待できないところです。私たちの想定から最も離れたところ、堅い岩、そこから御霊の水がほとばしり出てくるというのです。
堅い岩、ある意味、どうしようもない不信仰で固くなった私たちの心を表していると思いました。しかし、主イエス様を信じる、からし種のように目に見えないほどの小さな信仰により、その堅い堅い岩が裂けて、御霊の水がほとばしり出てくるのです。そう教えられたように感じました。私の頑なな、堅い不信仰の岩が裂けるのです。そこから、御霊の水がほとばしるリバイバルの時です。
仙台は折しも、七夕の祭りがおこなわれていますが、「さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。『だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる』」(ヨハネの福音書、7章37節、38節)。