ユダヤ教では、過ぎ越しの祭の食前と食後に歌われる詩篇として用いられています。内容的には、天におられる神が、地上の弱い者、貧しい者たちの世話をして下さることへの感謝の歌です。
1節~4節は、天におられる全世界の主に、全世界の民よ、つねに賛美を捧げよ、との呼びかけです。「日の昇る所」とは日本の国を含んでいますね。
「ハレルヤ。主のしもべたちよ。ほめたたえよ。主の御名をほめたたえよ。今よりとこしえまで、主の御名はほめられよ。日の上る所から沈む所まで、主の御名がほめたたえられるように。主はすべての国々の上に高くいまし、その栄光は天の上にある。」
5節~6節は、いと高き天において、もろもろの天使たちに仕えられている神が、身を低くして地に住む民を配慮されている、そのことへ賛美です。
「だれが、われらの神、主のようであろうか。主は高い御位に座し、身を低くして天と地をご覧になる。」
7節~9節は、主のあわれみと謙遜の実例をあげて賛美しています。9節は、ハンナを例として、イスラエルの民への主のあわれみと祝福を感謝しています。
「主は、弱い者をちりから起こし、貧しい人をあくたから引き上げ、彼らを、君主たちとともに、御民の君主たちとともに、王座に着かせられる。主は子を産まない女を、子をもって喜ぶ母として家に住まわせる。ハレルヤ。」
全体として、神の崇高さと弱く低い人々に対する主の憐み、恵みとがひとつとなって告白されています。天における主の崇高さは、地上での人に対するあわれみと恵みによって示されています。
きょうは、終戦の日です。70年の歳月が流れました。旧約聖書の中に、バビロン捕囚のイスラエルの民に対する預言があります。それは70年の後に、バビロンからの解放がなされるという預言です。エレミヤ書29章9節~12節です。「まことに、主はこう仰せられる。『バビロンに七十年の満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにわたしの幸いな約束を果たして、あなたがたをこの所に帰らせる。わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。――主の御告げ。――それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞こう。』」。
このみことばをもとに、滝元望先生は、太平洋戦争の開戦の日から70年後の2013年12月から、「太平洋戦争70年後」の執り成しの働きを続けて来られましたが、きょう、8月15日をもって、一つのゴールを向かえます。望先生は、次のように言われています。「ゴールではなく新たなはじまりとなることを信じます。3年8ヶ月『70年後』を見つめ、主の前にとりなし続けさせて頂きましたが、エレミヤ29章10、11節が語るように、主が持っておられる計画は、『将来と希望』であるように、70年後のその後こそ『回復といやし』であるリバイバルが前進していく本格的な戦いだと信じます。」そして、昨日、新城市民文化会館では、「瀧元明・リバイバル感謝聖会」が開かれました。滝元明先生の召天を記念しての会ですが、その目的は「日本のリバイバル」でした。すべてのことは主の御手の中にあることを覚えます。心新たに、いよいよ、日本の国が霊的な束縛から解放される時、日本の国が、創造主を知り、創造主を礼拝する民へと変えられることを期待して、心に描いて、共に祈っていきましょう。
清宣教師