3章を読むときに、ニネベの町の滅亡の様子が、鮮明に心に浮かんできます。
ニネベは、強大な帝国となりましたが、その手口は遊女のようで、相手を信頼させ、同盟を結び、油断させ、不意に攻撃して奪い取るような卑劣な手段を用いることで栄えました。周りの国々はそのようなことを忌み嫌いましたが、あまりにもアッシリア帝国が繁栄しているので、自分達も結局はそれを見習うようになりました。流血、殺害、戦闘、虚偽、略奪の町としてニネベの飽くことを知らない貪欲な姿を明らかにして、それに対する主の裁きを宣言するのです(1節~7節)。次に、50年ほどまえに滅亡したエジプトのノ・アモンを例に出して宣言しています(8節―10節)。ノ・アモン(アモン神の都という意味です)は、テーベとも呼ばれました。上エジプトの首都で、1時期は全エジプトの首都として栄えた町です。ナイル川の東岸にあり、ナイル川と数々の運河によって守られてきた町でした。しかし、誰も夢にも思わなかったことが起こりました。つまり、テーベの陥落です。あのテーベが陥落したように、このニネベもまた、滅びるという宣言です。そして、11節~13節で、ニネベの防衛はならず、陥落すると宣言します。14節~17節では、ニネベの滅亡は定まっており、水を汲み籠城に備えても、どんな努力をしてもニネベの滅亡を回避することが出来ないことを宣言しています。18節―19節で、アッシリアの人々がみな滅ぼされることを、アッシリアによって圧迫されていた国々の者たちが手をたたいて大喜びすると預言しています。
私たちも、連日のニュース番組を通して、全世界に、さまざまな不正や暴虐が横行しているのを見ています。そこで、私たちがとるべき態度は、現実の姿にうちのめされることではなく、すべてを御手のうちにおさめておられるお方がいること、その方は人類の歴史の始めから終わりまで見ておられるお方であること、まことの愛と正義と公正をもって裁きをなされるお方であること、わたしたちはそのお方に委ねることができること、そして、今、私たちは置かれている場所で、神のこどもとしてなすべき使命を与えられていること、みこころが天においてなるように、地においてなるように、私たちをこの地におかれていることを思い出すことです。きょう、主が私たちと共におられ、主の栄光を表してくださいますように。
清宣教師