昨夜の祈祷会ではタイの有澤達郎宣教師ご夫妻が宣教報告をしてくださいました。宣教の最前線の報告は、厳しい現実と祈りの課題と恵みの証しに満ちていました。そのあと、それぞれが家路に着くころ、外はすでに雪が積もり、激しい雪の中、スリップしながらも、無事、自宅に着きました。主に感謝します。一夜明けて、今朝は、穏やかな陽光のもと、春らしい雰囲気を感じております。これもまた、主に感謝します。
さて、まえに紹介しましたが、この第2の手紙はパウロの絶筆となったと言われています。そのようなことを踏まえて、この4章を読むと、「私は今や注ぎの供え物となります。私が世を去る時はすでに来ました。私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。今からは義の栄冠が私のために用意されているだけです。・・・」(4章6節~8節)の個所を読んだとき、パウロが直面している厳しい現実を突き付けられました。パウロは、その人生の最期を予感してなお、「私はおごそかに命じます。みことばを宣べ伝えなさい、時が良くても悪くてもしっかりやりなさい」(1,2節)と勧めています。みことば、福音の真理を宣教することです。つたえることです。寛容を尽くし、絶えず教え、責め、戒め、勧めるようにといいます。
そして、5節~8節において、「自分の務めを十分に果たしなさい。」と命じています。これは、「究極までやり通しなさい。」という意味です。ここで、パウロは、自分自身の過去、現在、未来について述べています。、「私は今や注ぎの供え物となります。私が世を去る時はすでに来ました。私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。今からは義の栄冠が私のために用意されているだけです。・・・」(4章6節~8節)
9節~22節において、パウロは、死に至るまで忠実であるようにと語っているようです。いま、パウロは獄中にあり、今まで一緒に働いていた同労者から見放され、裏切られ、孤独のなかにありました。しかし、最後まで忠実についてきてくれた者たちもいます。これまでお世話になった人たちによろしくと伝言をお願いしています。
そして、聖書には記されていませんが、伝承によると、1年もたたないうちに、斬首され、殉教の死を遂げたようです。パウロはこの世を去り、テモテたちがみことばを宣べ伝えました。そして、アジア州での福音の宣教は終わることなく、アジア州の各地に教会が設立されるようになり、やがて、ローマ帝国の町々に教会が設立されていきました。パウロの願いは、成就していきました。
私自身は、ダニエル書12章13節のみことばで、あなたは終わりまで歩み、休みに入れ。あなたは時の終わりに、あなたの割り当ての地に立つ」というみことばの約束をいただいています。最後の最期まで、福音の宣教の使命を帯びて歩み続ける者でありますように、主の約束を握りしめていきたいです。また、新年の決心のように、キリストの平和と愛と喜びの心から奏でる福音を伝えていきたいです。この働きは主のお働きです。同時に、霊の戦いです。お祈りの支援をお願いいたします。
清宣教師