きょうは、ペオル礼拝の罪と罰について記されています。
この事件が起こったのは、エジプトを出てから40年目の9月頃と推定されます。
もう、約束の地が目前に迫っている時です。イスラエルの民は、エジプトを出てからの40年間は、つぶやきと不信の日々でした。しかし、あのシナイ山で十戒をいただいてから、少なくとも、主を捨てて、他の神々への偶像礼拝をしたことはありませんでした。それなのに、この時期、イスラエルの民は、あまりにも無防備に、ペオル山で崇拝されていたバアル礼拝に引き込まれてしまいました。性的不品行を含んだ儀式はイスラエルの民にとって魅力的なものであったようです。3節の「バアル・ペオルを慕うようになった」という、「慕う」とは、原語では「に身を捧げた」とか「にくっつく」という意味です。
この異教的淫行は、イスラエルの部族の代表者までにも及ぶ深刻なものでした。モーセや全会衆が悔い改めて、泣いている時、ひとりのイスラエル人(シメオン族の指導者の一人)がミデヤンの女を連れて乱交に酔いしれているとき、祭司アロンの孫にあたるピネハスが怒りをもって、彼らを槍で刺し通しました。すると、イスラエルへの神罰が止んだと記されています。この神罰で死んだ者の数は、2万4千人でした。神罰の内容はおそらく疫病であったと思われます。
ミデヤン人の女は、ツルの娘コズビであったと記されていますから、ミデヤン人の名だたる氏族のかしらの娘であり、これは、ミデヤン人の指導者たちが仕組んだ計略であることがわかります。その背後には、昨日も記しましたが、雇われ呪術者バラムの進言があったようです。
シメオン人の指導者のひとりでしたが、実際には、シメオン族の全体が、偶像礼拝に深くかかわっていたと思われます。なぜなら、明日の26章の人口調査で、シメオン族の人数が12部族の中で最も激減しているからです。この神罰で死んだ人は、2万4千人に達する、非常に厳しい神の裁きでした。これに関連して、新約聖書のコリント人への手紙、第1、10章8節では、次のように記しています。「彼らの大部分は神のみこころにかなわず、荒野で滅ぼされました。これらのことが起こったのは、私たちへの戒めのためです。それは、彼らがむさぼったように私たちが悪をむさぼることのないためです。あなたがたは、彼らの中にある人たちにならって、偶像崇拝者となってはいけません。・・・また、私たちは彼らのある人たちが姦淫をしたのにならって姦淫をすることはないようにしましょう。彼らは姦淫のゆえに一日に2万3千人死にました。」
また、ピネハスのことについては、詩篇106篇28節~31節に次のように記されています。「彼らはまた、バアル・ペオルにつき従い、死者へのいけにえを食べた。こうして、その行いによって御怒りを引き起こし、彼らの間に神罰が下った。そのとき、ピネハスが立ち、なかだちのわざをしたので、その神罰はやんだ。このことは、代々永遠に、彼の義と認められた。」
この時、偶像礼拝の罪を犯したのは、エジプトで育った世代ではなく、荒野の中で育った次世代のひとたちでした。エジプトで育った人たちは、偶像礼拝の社会の中で育ちました。一方で、荒野の中で育った人たちは、偶像礼拝の機会はありませんでした。クリスチャンで言えば、クリスチャン2世の人たちです。家庭の中には仏壇も神棚もなく育った世代です。しかし、きょうのシメオン族の人たちのように、異性の誘惑があります。あるいは、オカルトのゲームなど、別の誘惑かも知れません。そして、知らず知らずに、偶像とのかかわりの中へ、誘惑される恐れがあります。サタンの誘惑は巧みなので、日々、主の祈りを祈る必要があります。「私たちを試みにあわせず、悪からお守りください」。きょうも、主の守りを感謝します。どうぞ、私たちと子供たちをサタンの誘惑から守って下さい。
清宣教師