いよいよ、サムエル記第1も、最後の章を迎えました。同時に、サウル王の最期を迎えました。
サウルの王への召しに始まり、サウルの不従順の積み重ねにより、サウロは最後は自決という道を選びました。途中、何度も、悔い改めのチャンスはあったのですが、頑なに自分の道を進んでしまい、主の祝福を逃してしまいました。最後は、3人の息子の戦士の報を聞き、ギルボア山で自決しました。ペリシテ人がやってきて、サウルの死体を持ち帰り、ベテ・シャンの城壁にさらしものにしました。それを聞いたヤベシュ・ギルアデの人たちの中で、勇士たちがみな、奮い立ちました。その理由は、サムエル記第1、11章の記事をご覧くださると分ります。勇士たちはみな、夜通し歩いてサウルの死体と息子たちの死体をベテ・シャンの城壁から取り外し、ヤベシュに運び、そこで焼いて、骨を葬り、7日間の断食をして、サウルと息子たちの死を悲しみました。ヤベシュ・ギルアデの人たちは、サウルに助けられたことを決して忘れることなく、自分たちのなすべきことをしたのです。サウルの悲劇的な最期でしたが、なにか、ここにも、主の恵みがあることを感じます。
明日は、サムエル記第2、1章に入ります。ダビデのもとにサウル王の死の知らせが届きます。そして、ダビデはサウルのため、ヨナタンのため、その死を悼んで哀歌を作りました。私たちの人生も最期を迎える時がきます。一生を振り返ってみる時、主に受け入れられる人生でありたいです。

清宣教師