ダビデ家はますます強くなり、サウル王家はますます弱体化していきました(1節)。そして、サウル王家の将軍アブネルが、サウル王家の実権を握るようになっていきました。ある出来事を通して、サウル王家のイッシュ・ボシェテが将軍アブネルを非難したことがきっかけとなり、アブネルの心は、かつてから考えていたサウル王家からダビデ王家への王位の平和的な移譲を実行に移そうと決断しました。それは、アブネルにとって、主のみこころであることを悟っていたからです。アブネルは、その考えを実行に移すために、ダビデのもとに使者を遣わしました。そして、平和的な移譲の交渉を提案しました。アブネルは、主のみこころを大切にする人であり、現実を直視する人でした。アブネルは、これこそ、サウル王家にとっても、最良の策であると確信していました。
これに対して、ダビデは、まず、もとの妻、サウルの娘ミカルを返してほしいと要求しました。おそらく、サウル王家との平和的な和解の象徴となると、考えたのかも知れません。アブネルは、この申し出を受け入れて、ダビデのもとに、サウルの娘ミカルを返しました。そのほか、アブネルはイスラエルの長老たちに、直に交渉して、主のみこころに従うように勧めて、同意を得ることが出来ました。また、サウル王家の出身母体であるベニヤミン族の人たちと話し合い、了解を取り付けました。これらのアブネルの一連の行動をみると、アブネルは実行力のある、指導者であることがわかります。アブネルは、こうして、イスラエル側つまり、サウル王家の側の地ならしを終えて、ダビデのもとに来ました。
ダビデは、アブネルを祝宴をもって迎えました。そして、ダビデとアブネルの間で、平和的な王位の移譲について基本的な合意が成立しました。ところが、その場に居合わせなかった将軍ヨアブが帰ってきて、アブネルが来たことを知ると、猛然と、ダビデを非難しました。アブネルは、この地を探るために来たのだと決めつけました。そして、ダビデには秘密裏に、帰途についていたアブネルを呼び返し、ヘブロンの地で、アブネルを暗殺しました。それはいかにも、ダビデ家を守る忠誠心から出たようにみせかけていますが、自分の兄弟アサエルを殺された私怨をはらすためでした。また、ヨアブのダビデへの忠誠心と言うのは、ダビデの主への忠誠心とは異なり、暗殺をもいとわぬという忠誠心でした。おそらく、ダビデがみずから手を下すことができない、暗闇の部分を担当するのが役目であると思っていたようです。汚れ仕事を引き受ける役であると、自負していたようです。忠誠心が、ゆがめられた形であらわれており、のちのち、ダビデを悩ます存在となって行きます。
ダビデは、アブネルの死を心から悼み、アブネルを国葬として葬り、ダビデ自身が、アブネルの墓の前で大声で泣きました。そして、アブネルのために哀歌を作りました。また、アブネルの血を流した罪は、私にも私の王国(ダビデ王家)にも、無関係であり、将軍ヨアブにそのすべての責めがあることを宣言しました(28節、29節)。また、埋葬後、ダビデは日暮れまで断食しました。こうして、ユダの民のみならず、全イスラエルはアブネルの殺害はダビデが命じたのではないことを知りました。そして、そのことを聞いて満足しました。はじめに、アブネルの死を聞いたとき、民たちは、背後にダビデ王の指令があったのではないかと推測したに違いありません。そして、暗殺をもいとわないことに、恐れと不安を感じたに違いありません。しかし、ダビデがアブネルの死に、直接には関わっていないことを知った民たちは、これまでのダビデの生き方が変わったのではないことを知り、満足したのでした。ダビデは不本意でしたが、ダビデ王家の軍隊の中で、ヨアブが圧倒的な影響力をもっていたことから、ヨアブを退けることは出来ませんでした(39節)。のちのちまで、ヨアブはダビデを苦しめることになります。
今日の個所から教えられることは、真の忠誠心とはなにか、ということです。ヨアブのように、人に対する忠誠心は、暗殺や騙しなど、手段を選びません。自分で考えて、勝手にその人のためだと信じて実行してしまうようなものです。しかし、真の忠誠心とは、ダビデのように、主のみこころを第1として、決して、主のみこころに反するようなことはしないものです。私たちクリスチャンに求められている忠誠心も、ダビデのような忠誠心です。
清宣教師