今日は詩篇144篇です。きょうの詩篇は、注解書では「神の与える勝利」という表題がつけられています。日本語の聖書では、どのようなときのことを詠った詩篇なのか、良くわかりませんが、70人訳(ギリシャ語)聖書には、前文に、「ゴリアテに対抗して」、という一文が付加されています。いま、ダビデは自分の手、自分の指を、じっと見ながら(1節)、自分の若いころを思い出して、あの巨人、ゴリアテとの戦いを思い起こしているのでしょうか。「主は私の恵み、私のとりで、私のやぐら、私を救う方・・・・」ほとばしるように、主への信仰を告白しています。「わが岩である主、そして、主は私の恵み、私の砦、私の櫓(やぐら)、私を救う方、私の盾、私の身の避け所、・・・アーメン」。ああ、これは私たちのことです。なんと、幸いな身とされたことでしょう。私たちは主の恵みによって選ばれ、導かれ、主の民となりました。これは、私たちの心の叫び、信仰の告白です。主はわが岩、私の恵み、私の砦、私の櫓(やぐら)、私を救う方、私の盾、私の身の避け所、・・・アーメン。私たちは、なんと幸いな存在でしょう。
今日の聖書箇所から教えられることは、私たちは、きょうも、内なる罪や肉との戦いがあります。外においては、邪悪な存在であるサタン、悪霊との戦いがあります。しかし、「幸いな事よ。主をおのれの神とするその民は。」(15節)。日本の国が、創造主を知り、創造主を礼拝する民となりますように。
清宣教師