昨日の8章の後半、ペテロのイエス様に対する「あなたは、キリストです。」(8章29節)という信仰の告白は、イエス様の弟子訓練の分水嶺であると言われています。弟子訓練の目的は、「イエスはキリストである」という弟子たちの信仰の告白でした。これを境に、イエス様は、ご自分の使命である十字架の死と復活について明確に弟子たちに語るようになりました(8章31節、32節参照)。そして、この分水嶺ともいえる出来事に続いて、天の御父が二人の旧約時代の代表的な人物をイエス様のもとに遣わしました。また、ご自身のことばをもってイエス様を励まされました。今日の9章2節~8節の出来事です。

イエス様は3人の弟子たちを連れて高い山に上られました。そこで、急に、イエス様の御姿が栄光に輝きました。そして、旧約時代の代表ともいえる、モーセ(律法の代表)とエリヤ(預言者の代表)が現われて、イエス様と打ち合わせをされました。その内容については、ルカの福音書9章31節に記されています。「エルサレムで遂げようとしておられるご最期についていっしょに話していたのである」。ご最期とは、原語で「エクソドス(出エジプト)」と記されています。旧約聖書で預言されていた贖いの解放の時のことです。全人類を贖い、解放される十字架の救いについて、モーセとエリヤと一緒にお話しされていたのです。これこそ、モーセやエリヤ、つまり、旧約聖書全体があらかじめ示していた救いの計画の成就のときでした。それで、打ち合わせをしていたのです。そして、それが終わると、天の御父がみずから、「これは、わたしの愛する子である。彼のいうことを聞きなさい」と弟子たちに語られたのです。しかし、この出来事は、イエス様によって、だれにも話してはならない、と封印されました。これ以後、なんども、イエス様はご自分の十字架の受難について予告されていきます。それでも、弟子たちはイエス様の受難の予告を理解することが出来ず、受け入れることができませんでした。しかし、イエス様はご自分に委ねられている使命に向かって、まっすぐに、進んで行かれるのです。それにしても、まだ、まだ、弟子たちは、メシヤとしてのイエスさまの使命を理解しておりませんでした。それで、道々、イエス様が王となられたら、誰が右大臣、左大臣、その次の席に座るのか、つまり、誰が偉いのかというような議論をしていたのです。(33節、34節)。そこで、イエス様は、偉く(great)なりたいなら、幼子のように自分を小さなもの(smallest) として、みなに仕える者となりなさい、と諭されました。父なる神様のみこころは、わたしたちが偉い人となることではなく、仕える人となることです。きょう、父なる神様のみこころを覚えながら生活しましょう。

清宣教師