16章は、パウロの個人的なあいさつとなっています。まず、1節と2節で、フィベという婦人執事を紹介しています。当時は、今よりも紹介状が重要な役割を果たしていました。それで、パウロは、コリントの東にある港町であるケンクレヤの婦人執事フィベがローマに旅行することになったのを聞いて、フィベの人柄を紹介し、歓迎してもらえるように、推薦のことばを書いています。おそらく、このフィベが、パウロのローマ人への手紙を携えて、ローマの教会に行ったものと考えられています。3節~16節では、「よろしく」との挨拶を伝えています。女性伝道者のプリスカと夫アクラ夫妻、アジアでキリストを信じた最初の人エパネト、ユダヤ人女性マリヤ、パウロと共に投獄されたことのあるアンドロニコとユニアス、ローマの解放奴隷であったアムプリアト、アリストプロの家の奴隷たち、・・・そして、ルポスの母をパウロは、自分の母とも呼んでいます。14節では、アスンクリト、フレゴン、ヘルメス、パトロバ、ヘルマスなどの家の教会の指導者たちとその家の教会の兄弟たち、15節では、フィゴロとユリヤ、ネレオとその姉妹、オルンパなどの家の教会の指導者たちとその家の教会の聖徒たち、この14節と15節の「兄弟たち」「聖徒たち」とは、それらの家の教会の奴隷または解放奴隷と考えられています。17節~20節では、偽教師に関する警告、さらに祝福のことばが記されています。21節~27節は、テモテ、ルキオ、ヤワン、ソシパテロ、それから、この手紙の口述筆記者であるテルキオの挨拶が続いて述べられています。25節~27節において、ローマ人への手紙の全体を包み込む形で、祝祷が語られています。「み栄えがとこしえまでありまうように。アーメン」。こうして、コリントに滞在していた時に記した「ローマ人への手紙」は、使徒パウロがローマ西方世界への伝道の中心地とするために、彼らに福音の奥義を知らせ、福音の教義を組織的に教え、キリスト者の生活の実践的な指針を伝えたものでした。ローマ教会はパウロが直接建てた教会ではありませんでしたが、ローマ教会を建てあげるための土台を築いただけでなく、すべての教会を建てあげるための大事な役割を果たす手紙となりました。主のご計画は、私たちの思いをはるかに超えています。ハレルヤ。

清宣教師