26章では、まず、幕屋の幕についての指示が記されています(26章1節~14節)。次に、幕屋の板(26章15節~25節)、次に、横木(26章26節~29節)についての指示です。また、ここでも繰り返し強調されています。「あなたは山で示された定めのとおりに、幕屋をたてなければならない」(26章30節)。ここで、はっきりと分ることは、幕屋の建設を命じるにあたり、創造主なる神、全知全能の神は、明確な目的をもち、詳細な設計を示されました。また、その完成図(型)も示されました。進化論はすべてを偶然の結果生じたものと考えますが、聖書が示す真実はその正反対です。全宇宙も、地球も、生命も、人間もみな、創造主の明確な目的のもとに、明確なデザインによって造られました。
さて、聖所と至聖所の間にある垂れ幕(26章31節~35節)に関する指示が記されています。そして、最後に、天幕の入り口(26章36節~37節)の造り方について記されています。幕屋も、その中に納められるものもみな、キリストとそのみわざを示すものです。つまり、旧約聖書における幕屋とそのなかのものはみな、キリストの贖罪を示す型です。例えば、今日の26章34節で、『贖いのふた』ということばが出てきますが、新約聖書での解き明かしがあります。へブル人への手紙9章5節で、この幕屋の中の贖いのふたについて、「また、箱の上には、贖罪蓋(原語ヒラステリオン)を翼でおおっている栄光のケルビムがありました。」と記されています。この贖罪のふた(ヒラステリオン)は、ローマ人への手紙3章25節、第1ヨハネ2章2節、第1ヨハネ4章10節で、次のように用いられています。「神は、イエス・キリストを、その血による、また信仰による、なだめの供え物(ヒラステリオン)として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現すためです。というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです」(ローマ人への手紙3章25節)。「この方こそ、私たちの罪のための―私たちの罪だけでなく、世全体のための―なだめの供え物(ヒラステリオン)です」(第1ヨハネ2章2節)。「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物(ヒラステリオン)としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです」(第1ヨハネ4章10節)。ですから、新約聖書を読むと、「贖いのふた」と「なだめの供え物」とは明らかに同じ意味をもつことばであることが分ります。旧約と新約は密接なつながりを持っています。なお、昨日も紹介しましたが、幕屋の構造などを分かり易く図解した資料「旧約聖書の幕屋のガイド」を準備しましたので、必要な方はお申し込みください。図解すると、非常に分りやすいです。
きょうも、全能なる主の御手によって造られたこの世界で生かされていることを感謝します。創造主は、この地球を人の住みかとして造られました。そして、人類がいきるために必要なものをすべて、計画的に備えて下さいました。これから学ぶ幕屋の構造は、私たちの神は、無限の叡智を持つお方であり、周到な計画をもって救いの計画を立てて下さったお方であることを示しています。救いの計画の詳細を示してくださる主に感謝します。私たちを聖霊によって満たし、救いの計画の詳細を理解できるように導いて下さい。
清宣教師