ダビデは、ガテの王のもとを去り、イスラエルの領内のアドラムの洞穴に身を避けて住むようになりました。サウロの残虐さは、みなが知るところであったと思われます。ダビデの兄弟たちも、父の家の者もみな、家を捨てて、ダビデのところに集まってきました。さらに、困窮している者、負債のある者、不満のある者たちも集まってきたので、400人の集団となり、ダビデは彼らのリーダーとなりました。こうして、ダビデ個人とサウル個人の間の争いではなく、サウル家とダビデ家との間の争いとなって行くのです。
ダビデにとって最も気がかりなことは、両親のことでした。争いに巻き込まれることがないように、モアブの国に行き、モアブの王に両親を預けました。(ダビデの家系はモアブ人の血統も継いでいたからです。ルツ記4章13節―22節参照)。主なる神は、アドラムの洞穴にいるダビデのところに、預言者ガドを遣わして、明確な指針を与えました。ここからさらに、南東へ数キロメートル、ユダの地に帰るように命じられました。それで、ダビデはハレテの森へ行きました。
サウル王は、家来たちの前で、演説しましたが、これは、いわゆる愚痴というか不満のことばでした。家来たちは、おそらく、このようなことばを聞き慣れていたと思われます。サウルの自己憐憫のことばにも、誰も応答しようとする者はありませんでした。しかし、エドム人のドエグは、主を恐れず、サウルの意向に沿う訴えをしました。あたかも祭司アビメレクが、すべてを知っていて、ダビデの一行を助けたかのように訴えました。ドエグは、この機会を利用してサウルの信頼を得ようとしたのです。そこで、サウル王は家来を遣わして、祭司アヒトブの子、アビメレクと、彼の父の家の者全部、つまり、ノブにいる祭司たちを呼び寄せました。そこで、王は、祭司アヒメレクがダビデと共謀して、謀反を起こしたと断罪しました。それに対して、祭司アヒメレクは、理路整然と状況を説明して身の潔白を証ししました。しかし、サウル王は、それを受け入れず、近衛兵たちに、アヒメレクと祭司たちをみな殺すように命じました。しかし、近衛兵たちは、主を恐れて、祭司たちに手出しをしませんでした。そこで、サウルは、エドム人ドエグに命じて、祭司たち85人を殺しました。さらに、祭司の町ノブの住民を皆殺しにしました。しかし、ノブの町の祭司たちの中で、ただひとり、エブヤタルが生き延びて、ダビデのもとに来て、一切のことを報告しました。そこで、ダビデはエブヤタルの身の安全を保証しました。
サウル王の嫉妬のゆえに、ダビデは謀反人として断罪されて、イスラエルの正規軍によって追われる身となりましたが、しかし、主は大惨事の中にも介入されて、ダビデが最も必要としていた主の祭司をダビデのもとに遣わしたのです。以後、祭司エブヤタルは、ダビデとダビデに付き従う集団が危機に陥ったとき、主のみこころを伺い、ダビデを救う役割を果たすようになったのです。
ところで、今日の個所では、サウル王が、「だれも私のことを思って心を痛めない」(8節)と述べています。たまに、私たちも同じような心境に陥ることがあるように思います。自分を被害者に見立てて考え始めると、この被害者意識の蟻地獄に落ち込んでしまいます。考えれば考えるほど、そこから解放されるのではなく、底に向かって落ち込んでしまうのです。主よ、私たちが被害者意識に捕えられたとき、私たちを救い出してください。サウル王のような間違った判断をくだすことがないように、導いて下さい。
清宣教師