この詩篇128篇は「都上りの歌」の中に含まれていますが、マルチン・ルターは「クリスチャンのための結婚の歌」と名づけました。また、他の人は「家庭の詩篇」と呼びました。
1節、祝宴の宣言で始まります。神から祝福を受ける者は、「主を恐れ、主の道(複数形)を歩む者」です。2節~6節は、祝福された家庭を描写しています。古代の人にとって、自分の手で働いたものを自分の手にすることが出来るのは、幸いでした。なぜなら、当時、自分の手で働いても、略奪者がその実を奪ったり、あるいは、戦利品として持ち去られることがしばしばあったからです(2節)。また、良妻は、実を豊かに結ぶ「ぶどうの木」のようであり、家の奥で(奥様の由来?)家事を黙々として分担していました。子供たちは、「オリーブの若木」のように、将来ゆたかな実を結ぶものとして、食卓を囲んで座っています(3節)。「主を恐れる人」は、このように、主の守りの中で祝福をうけるのです(4節)。作者はエルサレムでお祈りをしていると思われます。そして、シオンの丘の神殿から祈りに対する答えが与えられるというのです。また、祈りに対する答えとして、神の都、エルサレムの繁栄を見るように勧められています(5節)。そして、子孫の繁栄と長寿を祈ることば、さらに、イスラエルの民全体の上に平和があるように、と祝福を祈ることばで閉じられています(6節)。
今日の聖書箇所から教えられることは、「主を恐れる者の祝福」とは、①自分の労苦が正当に報われること、②良い妻(伴侶者)を得ること、③賜物として子供たちが与えられること、④神の都の繁栄を見ること、⑤孫たちの顔を見ること、⑥神の平安が人々に与えられるのを見ることです。
クリスチャンひとりひとりに、この祝福が、ひとつひとつ、成就しますように、祈ります。
清宣教師