1節―3節は、社会的な圧制のもとに生きている人たち。進化論を信奉し、「力は正義」として弱いものを虐げたヒトラーのような為政者のもとで苦しむ人たちがいる現実、産まれなかった方が良いという空しさについて述べています。
4節―6節は、仕事の成功についてです。その中には妬みやドロドロしたものが含まれています。これも空しいことです。
7節―8節は、富を得たとしても、自分の目が富にだけ奪われているので、満足することがない。結局、一人去り、二人去り、自分一人だけになる。これも空しい。9節―12節は友愛について述べています。しかし、これも人間の愛なので不完全です。もしも、神様の愛を抜きにして、友愛だけにより頼んだら、その結末は空しいものです。13節―16節は、名声、人からの評判について語っています。最初は歓呼をもって迎えられても、しばらくすると、次の指導者に目が向けられる。ほとんどの大統領は、最初は歓呼の声で迎えられましたが、いまは、支持率が下がっている、という現実があります。これも空しい。
今日の聖書箇所から教えられることは、この世の人たちが熱心に、血眼になって求めているものも、良く考えてみれば空しいものばかりです。真の人生は、移りやすい世と調子を合わせるのではなく、神のみこころを知ること、神に受け入れられることこそ、永遠に価値あることを示しています(ローマ人への手紙12章1節~2節)。
話題は変わりますが、春になると多くの植物の種が芽を出します。発芽の3条件は、「適切な温度」、「水」、「酸素」です。ところが、この3条件が揃っていても発芽しない植物があります。例えば、雑草のオオバコの種子がそうです。その他にも、シソ、レタス、ツキミソウなどがあります。植物はご存じのように、光を受けて光合成をおこないブドウ糖やデンプンを作り出し、成長します。ところが、森林の中や日陰もあります。発芽したあと、植物が十分な光を受けることができなければ、途中で枯れて死んでしまいます。それで、これらの植物では、十分な光が当たらないと発芽しないようになっているのです。植物も、創造主の作品であり、創造主の知恵あるデザインで守られています。創造主を抜きにした人間の知恵は不完全です。
清宣教師