1.バプテスマのヨハネの死(1節~12節):自分の妻を離婚したばかりでなく、自分の異母兄弟であるヘロデ・ピリポの妻のへロデヤと結婚した国主ヘロデに対して、バプテスマのヨハネは「あなたが彼女をめとるのは不法です」と、公けに、主張しました。陰口を言っていた人はいたかもしれません。しかし、大胆に公言したのはバプテスマのヨハネだけでした。だからこそ、民衆も、そして、ヘロデその人自身も、ヨハネを預言者であると認めざると得なかったのだと思います。そのヨハネは、処刑されて首をはねられました。このことも、イエス様の先駆けとしてのバプテスマのヨハネの使命だったのだと思います。無実の罪で処刑されたヨハネは、生涯を通じて、メシヤであるイエス様の先駆けとなったのです。2.5千人の給食の奇蹟(13節~21節):このパンの奇蹟の記事は、4つの福音書のすべてに記録されている唯一の奇蹟ですから、とても、重要な奇蹟であったことが分ります。イエス様を慕ってついてきた群衆は、夕方になっても帰らないので、弟子たちは群衆を解散させてめいめいで食物を買わせるようにイエス様に提案しました。ところが、イエス様が、逆に弟子たちに対して、「あなたがたで、あの人たちに何か食べるものをあげなさい」と言われたのです。それは弟子たちの信仰を試すためでもありました(ヨハネの福音書6章6節参照)。途方にくれた弟子たちは、「ここには、パンが五つと魚が二匹よりほかありません」と答えました。そこで、イエス様は、群衆を草の上に座らせて、5つのパンと2匹の魚を手にとり、天を見上げてそれらを祝福し、裂いて、弟子たちに分け与えました。それを弟子たちが群衆に配りました。男だけで5千人ですから、女性やこどもを含めると1万人くらいだったと推測されます。パンも魚もなくなるどころか、みんなが満腹するほどでした。しかも、残りのパン切れを集めると、なんと12の籠にいっぱいになったのです。イエス様は群衆が空腹のままにはされませんでした。むしろ、満腹になるほどにもてなしをされたのでした。創造主であり、全能なる神には不可能はないことを示されました。3.水の上を歩くイエス様(22節~36節):イエス様は、5つのパンと2匹の魚で大群衆を養う奇蹟を行なわれたあと、ひとりになり、山に登り、祈られました。そして、祈りを終えられて真夜中の3時頃、湖の上を歩いて渡り始められました。一方、弟子たちは先に船で湖を渡るために出発していましたが、向かい風が強く湖の上で立ち往生していました。そこをイエス様が通りかかると、船の上の弟子たちには、近づいてくるイエス様の人影が幽霊に見えたようで、屈強な男たちが、「あれは幽霊だ」といっておびえてしまい、叫び声さえあげる始末でした。そこで、イエス様は「わたしだ。恐れることはない」と弟子たちに呼びかけました。すると、ペテロが自分にも水の上を歩いてくるように命じて欲しいと願い出ました。そこで、イエス様は「来なさい」と言われました。ペテロは水の上を歩き始めたのは良いのですが、途中で風をみてしまい、こわくなり沈みかけました。まさに、「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい」という勧めのとおりです(へブル人への手紙12章2節)。イエスから目を離すと、恐れが湧いてきて疑いの波に飲み込まれてしまうのです。さて、沈みかけているペテロに対して、イエス様は、すぐに手を伸ばしてペテロをつかんで助けられました。それから一言、「信仰の薄い人だな」と言われました。それから、イエス様が船に乗り込むと、大風がやみました。船の中にいた者たちは皆、イエス様の前にひれ伏して、「確かにあなたは神の子です」と信仰の告白をしました。
主は、あなたのために全てのことを働かせて益としてくださいます!