今日からコリント人への手紙に入ります。この手紙は、使徒パウロがギリシャのアカヤ州の州都、コリントから出した手紙です。紀元55~56年ごろに書かれたものと言われています。当時のコリントは、ローマ帝国の中でも4番目くらいの大都市で、550mの丘には、アフロディアの女神が祭られており、そこに仕える巫女(神殿娼婦)は1000人を超えていたようです。商業的に栄えており、2万人を収容できる野外音楽堂もありました。1年おきに、オリンピアのようにオリンピックの競技が行われておりました。ところで、「大阪人」といえば、「商売上手な人」の代名詞のように使われますが、「コリント人」という表現は「不品行な人」の代名詞として使われていました。それほど、不品行がはびこる都市でした。昨日まで学んできたローマ人への手紙は、キリスト教の本質について、教理の面から、あるいは、実践面から、きちんとまとめて書かれたものでしたが、コリント人への手紙は、それとはまったく違います。いま、まさに、コリントの教会の中で起こっている重大な問題について書かれている手紙です。あいさつ文が終わると、分派による争い、分裂の危機に関してアドバイスしています。それから、父の妻を妻にするような異邦人の中にもないような不品行の問題、教会内の人間関係での裁判所への告訴、偶像に関連する食物の規定に関する論争、主の晩餐における暴飲暴食、霊的賜物による教会内での暴走と混乱、復活を否定する者たち、献金に関する問題など、など、・・・まさに、コリント教会は問題山積でした。使徒パウロは、このコリントの教会のいろいろな課題について、助言していきます。使徒パウロは、このような滅茶苦茶なコリントの教会へ手紙を書くにあたり、コリント教会を「神の教会」と呼んでいます。そして、その信徒たちを「聖徒たち」と呼んでいます。しかも、神に召された方々、と呼んでいます。現実、目に見えるところは問題山積ですが、神の前では、「神の教会」、「聖徒たち」として存在しています。私たちが、勝手に、こんな教会、こんな奴などと呼ぶことは許されていません。神の教会であり、聖徒たちです。1章28節で、神はあえて、無に等しい者たちを選ばれたと記しています。そうですね。私たちは無に等しい者であり、すべては、神の恵みによって召され、神の恵みによって与えられた者です。救いも、義も、聖めも、贖いも、みなキリストにあって、無償で与えられた者です。私たちにはなにひとつ、誇るものがありません。ただ、キリストを誇るのみです。「誇るものは主を誇れ」。
主の御霊がおられるところには自由があります!