さて、今日の個所は健全な働き人とはどのような人であるのか、をテーマにして記されているようです。
ある人は、これを7枚の絵にして表していると言っています。①管理人として(1、2節)、つまり、イエス様から受けた恵みや福音を忠実に管理するひとです。②兵士として(3,4,8-13節)、つまり、日常の生活のことに関わるよりも、訓練に耐え、兵役に専念し、上官としてのイエスの戦士であることを意識して、任務を果たすひとです。③競技選手として(5節)、規定(ルール)に従って勝利を得るひとです。④農夫として(6,7節)、種蒔きの労苦、作物を育てる労苦をいとわず、収穫にあずかる喜びを覚えて、与えられた仕事を果たす人です。⑤働き人として(14節―18節)、熟練した者として、真理をまっすぐに解き明かす人です。⑥器として(19-22節)、教会は大きな家のようであり、さまざまな用途に用いられる器として自分自身を聖く保つ人です。⑦しもべとして(23節―26節)、主のしもべであるということを自覚して、すべての人に優しく、柔和な心で教える人です。
当時の教会と牧師たちは、ローマの国家権力によって弾圧されており、パウロは殉教の死を覚悟せざるを得ない状況でした。パウロは今や重罪人のように鎖に繋がれて獄に閉じ込められています。そういう状況を知るアジア州の教会のクリスチャンたちは、大きな恐れに包まれていました。実際、教会から去る者も少なからずあり、テモテ牧師は失望と恐れの中に閉じ込められそうになっていました。そこで、パウロは、獄中からテモテへ手紙を出しました。
1節:「わが子よ。キリスト・イエスにある恵みによって強くなりなさい。」と励ましています。それから、兵士と競技者と農夫の働きに例えて、すべて労苦の向こうに勝利や栄冠や収穫があることを思い起こさせています。「キリスト・イエスのりっぱな兵士として、私と苦しみをともにしてください。」「競技をするときも、規定に従って競技をしなければ栄冠を得ることはできません。」「労苦した農夫こそ、まず第一に収穫の分け前にあずかるべきです。」
さらに、パウロは次のように述べています。「私は、福音のために、苦しみを受け、犯罪者のようにつながれています。しかし、神のことばは、つながれてはいません。」(9節)。ローマ皇帝と言えども、身柄を拘束することは出来ても、神のことばを拘束することは出来ないのです(10節)。
大事なことは、神の裁きの日に栄冠をいただくことです。だから、「あなたは熟練した者、すなわち、真理のみことばをまっすぐに解き明かす、恥じることのない働き人として、自分を神にささげるよう、務め励みなさい。」と勧めています。
いま、私たちの教会は、国家権力による弾圧や迫害のもとにはありません。しかし、世界中の多くの国々において今も国家権力による弾圧と迫害を受けています。共産圏の国々、特に北朝鮮、中国、さらに、イスラム圏諸国です。その国々の教会と牧師たちのことを覚えて、お祈りしたいと思います。
また、私たちの国においても、いつ状況が急変するかわかりません。黙示録の預言によれば、反キリストが立つときに、激しい弾圧が起こります。私たちが偽りの平和によって骨抜きにされないように、しっかりとした信仰の土台に立つことが出来るように、共にお祈りしたいと思います。
恐れてはならない。主があなたとともにおられるのだから!