きょうは、詩篇65篇です。この詩篇のテーマは、収穫の感謝です。恐らく、春の初穂を捧げる過ぎ越しの祭の時に歌われた公式の賛美歌であると思われます。過ぎ越しとは、かつてイスラエルの民がエジプトで奴隷の苦しみを味わっていた時、そこから救われたことの感謝の祭であり、一方で、豊作を見通しての感謝の祭でもありました。1~4節は、神は罪を赦して下さる。5~8節は、神は歴史の中で救いを行なわれる。9~13節は、神はその民の地を祝福される。
4節の「幸いなことよ」とは、神の客人としてのもてなしは、神の前で神に礼拝を捧げることが出来るという特権だということです。つまり、イスラエルの民は、神の祭司の民として選ばれたのです。5節の「私たちの救いの神」とは、イスラエルを歴史の中で救い、導かれた神ということです。とくに、エジプトからの救いという歴史的な出来事を念頭に置いています。7節の「海」とは不安定で定まりのない恐ろしい力をもつものです。神はその海をも、嵐をも支配されるお方です。8節の「地の果て果て」と「朝と夕べの起こる所」とは同じ意味で、東から西まで全世界という意味です。9節では、「神の川」とは雨のことであり、その源は天です。地の収穫をもたらす雨は決してなくなることはなく、主のものです。10節の「夕立」とは、「豊かな雨」であり、11月から2月にかけて降る雨です。この雨が畑を潤し、土を柔らかくしてくれます。11節の「その年」とは、神が与えて下さる年であり、神の民が感謝を持って始めた新しい年を指しています。神は豊かな収穫の冠で飾って祝福して下さる、という意味です。
今日の聖書箇所から教えられることは、収穫を与えて下さるのは、創造主であるということです。主は、私たちの人生においても、豊かな実を結ばせてくださいます(ヨハネの福音書、15章16節)。主に感謝と賛美を捧げましょう。
新年度が始まりました。小中高校への入学、大学への入学、社会人としてのスタート、あるいは、定年前の最後の働きなど、それぞれ、置かれた場所での働きがあります。とくに変化はないとしても、新しい年度という節目は、創造主なる神様が、私たちの人生の節目として、私たちに与えてくださったプレゼントです。これまでの出来事は一度、引き出しにしまって、真新しい白い紙を取り出して、自分なりの歩みを、新たに書き込む備えをしましょう。
主は、私たちのために、荒野に新しい道を設けてくださいます!
主は私たちの造り主、救い主、永遠の主です!

