さて、3章に続いて、モーセは、主に対して、「でも、彼らは私を信用せず、私の声に耳を傾けないでしょう」と答えました。それに対して、神はモーセの手にある杖を用いて、ひとつのしるしを与えられました。モーセの杖が蛇になりました。そして、手を伸ばして、尾をつかむと、もとの杖に戻りました。ある人は、この蛇をエジプトの象徴、あるいはサタンの象徴としてとらえて、主が共におられるなら、彼らもモーセの手中にある事を示していると考えています。
次に、モーセが手を懐にいれると、ツァラアトに冒されていました。もう一度、手を懐に入れると、ツァラアトが消え去り、もとの手に戻っていました。これが二つ目のしるしでした。ある人は、ツァラアトに冒された手は、奴隷状態にあるイスラエルの民を指していると考えます。それが、神の力によって、もとの自由な民として解放されることを示していると考えています。
神はさらに、この二つのしるし(奇跡)を信じない場合には、ナイル川の水をかわいた土に注ぐように、そうすれば、ナイルから汲んだ水が血に変わることを、モーセに告げました。それにもかかわらず、モーセは頑なに辞退しました(4章10節)。
今度は、モーセは「私はことばの人ではありません。以前からそうでしたし、あなたがしもべに語られてからもそうです。私は口が重く、舌が重いのです」と辞退の理由を述べています。
モーセの言いたいことは良くわかります。80歳にして、突然、羊飼いの仕事の最中に、主から召されたのです。確かに、年齢は関係ないとは言っても、エジプトの地からイスラエルの民を解放する重大な使命を命じられたのですから、何度も辞退するモーセの心が分るように思います。もし、私がもっと若く、力があり、知識があり、気力もあるときなら良かったのに、いまでは無理です・・・・。
しかし、主は言われました。「だれが人に口をつけたのか。だれが口をきけなくし、耳を聞こえなくし、あるいは、目を開いたり、盲目にしたりするのか。それはこのわたし、主ではないか。・・・」と。主は切り札を用いられました。創造主ご自身が、私たちの目を造られ、耳を造られ、舌を造られ、ことばを造られたのですから、これは決定的な切り札です。
それでも、モーセは、自分の経験と感覚に基づいて、拒否してしまいました。それに対して、「主の怒りがモーセに向かって燃え上がり、こう仰せられた」と記されています。つまり、このあとの出来事は、あえて、主が許されたことですが、本来はモーセが主を信頼して、ひとりで立つべきだったことを意味しています。しかし、主はあえて、モーセの兄のアロンをモーセの口の代わりに、イスラエルの民に対するスポークスマンとして用いることを決断されました。
ただし、モーセは、あとあと、兄アロンとの間で、大きなリスクを背負うことになりました。通常は、弟が兄に従う関係です。しかし、ここでは、兄アロンが弟モーセに従う関係となります。モーセは兄アロンに頼る気持ちがありました。しかし、アロンは、モーセとは違って、エジプトでの最高の学問を受ける機会はありませんでした。また、人の上に立つという経験がありませんでした。40年間も、不毛の荒野で羊を飼うという訓練をうけませんでした。また、燃える柴の中から神の声を聞くという召命の経験もありませんでした。最初は兄弟の不一致は目に見えませんが、やがて、アロンの中にも自尊心が芽生えて、弟モーセを軽視する場面も出てくるようになります。兄弟の信仰の不一致という大きな葛藤を負うことになります。ここから教えられることは、主から召されたならば、これまでの経験と感覚で、自分には出来ないと、あくまでも辞退するのではなく、過去は過去と割り切って、主を信頼して、主からの召しであれば、それに従うことが最良の道です。
それから、モーセは、しゅうとイテロのもとに返り、エジプトに行く、許可をもらいました。そして、妻や息子たちを連れてエジプトの地へ帰って行きました。モーセの手にあったのは、あの杖でした(4章20節)。ところが、旅の途中に不思議なことが起こりました(4章24節~26節)。主がモーセを殺そうとされたのです。これにはわけがありました。どうやら、ミデアン人の女であるチッポラは、モーセの再三の勧めにもかかわらず、息子の割礼を伸ばしていたようです。モーセの死を目前にして、チッポラは、あわてて、息子に割礼を施しました。すると、神は、モーセを放されました。おそらく、モーセが主の初子であるイスラエルの民(4章22節)を救出するという大役を果たすにあたり、割礼という神の民としてのしるしを軽視していたモーセ夫妻を許しておくわけにはいかなかったのだと思われます。
さて、モーセは、アロンと再会し、神のことばをアロンに告げて、イスラエルの長老たちに会いました。長老たちは、モーセが行うしるしを見て、長老たちも、民たちも信じました。ここに「信じた」と記されていますが、彼らの信仰は、その場、その場の信仰であったことが、だんだん、明らかにされていきます。
きょう、私たちは、「信じる」ということが、しるし(奇跡)を見たという、その場限りの信仰ではないこと、真の信仰とは、主ご自身の人格に対する「全き信頼」であることを改めて、確認したいと思います。
清宣教師
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