秋晴れの爽やかな日を迎えております。今朝も三神峯の散歩に行きました。遠く、太平洋の海が、燃える鏡のように見えました。健康のためには、速歩3分間、そして普通の歩み、これを5回くらい繰り返しました。そのあと、牛乳などを飲むというパターンです。『試して合点』では、とくに高齢者の人が筋肉をつけるために有効な方法であると言っておりました。筋肉をつけることが、いざ、病気という時にリンパ球をふやしてくれるそうです。

さて、すでに、サムエル記の第2に入りましたが、私の勘違いで、1日1章のメールでは、サムエル記第1と標記していました。申し訳ありません、間違いでした。正しくはサムエル記第2です。謹んで訂正させていただきます。

1節―4節:きょうは、ダビデが、エルサレムから緊急の脱出を試みるところです。ダビデは泣きながらオリーブの山をのぼりました。はだしで泣きながら登りました(15章30節)。山の頂をこえて少しくだると、そこにはツィバが多くの食料を備えて待っていました。主は悲しみの中に、必ず慰めを備えて下さるお方です。

5節―14節:さらに、山をくだると、サウルの家の一族のひとり、シムイがダビデとその一行を呪いました。また、石を投げつけてきました。王の側近は、シムイを切り殺そうと言いましたが、ダビデはそれを止めました。主の赦しなしにはなにごとも起こりえないからです。ダビデを呪うことを許された主には、主のお考えがあり、ダビデにとってそれが最良最善であるからこそ、主が許されたということをダビデは知っていました。それで、シムイの呪いをあえて、避けることなく、受けました。シムイの呪いは[血まみれの男、よこしまな者]という呪いでしたが、その訴えは正しいものではありませんでした。シムイの利己的な心から出てきたものでした。ですから、シムイはのちに裁きをうけることになります。

15節―23節:アブシャロムはエルサレムに入りますが、そこに「王様、万歳」と言って登場したフシャイに心をゆるしてしまいました。アヒトフェルと共に、フシャイにも自分の相談相手になるように要請しました。アヒトフェルは、次々と、王に進言し、その助言はとても的確であり、ダビデにも、アブシャロムにも、神に伺って得た神のことばのように思えました(23節)。こうして、アブシャロムの王としての地位が、宮廷内で着々と確立していくように見えました。

ダビデは、逆境に強い人のように思えます。自分が何故、逆境にあるのか、それも主の御計画の一部であると信じているので、それを受け入れています。同時に、そのことの意味を考えています。「順境の日には喜び、逆境の日には考えよ。これもあれも神のなさること。」(伝道者の書、7章14節)という御言葉の通り実行する人でした。シムイのこと、メフィボシェテのことをそのまま受け入れて、主にお委ねしています。自分自身の判断で即断せずに、主に委ねて、明確に判断できる時を待ちました。こうして、ダビデは逆境にあっても、きちんと冷静に客観的にものごとを考えて行動しています(11節―12節参照)。

私も、他の人にまだわされることなく、自分の感情にまどわされることなく、主のみこころを求めたいです。

清宣教師