きょうの個所の6章は、エリファズのことばに対するヨブの応答です(1節)。

2節~7節において、ヨブはエリファズのことばを評価しています。エリファズは、ヨブが受けているのは神の懲らしめであり、それをへりくだって受け留めることが解決の道であると主張しました(4章~5章)。

しかし、ヨブにとって、ヨブの身に起こったことが、神の懲らしめなら、もちろん、受け入れることが出来るけれども、これは神の懲らしめではなく、神が自分に対して敵対していることが理解できないで苦しんでいるのだというのです。「全能者の矢」、「その毒」、「脅かし」ということばでそのことを表現しています。エリファズは、ヨブ(自分)のことをまったく理解していないので、そのことばは、味のない、腐った食物のようだというのです(7節)。

8節~13節において、ヨブは自分の願いをのべています。これは神への祈りと理解されています。ヨブは神が自分の人生を死をもって終わらせてくださることをも願っています。この理解できない苦しみは、肉体の苦しみにまさるものであり、自分には耐えられないということを率直に神に申し上げています。しかし、それでも神は沈黙を守っておられるのです。神との交わりが絶たれていることこそ、ヨブにとって最大の苦しみなのです(11節)。

14節~23節において、ヨブは友エリファズへの失望を言い表しています。友は、失望落胆している時にこそ、愛を示すものではないか、落胆している者もその励ましによって支えられて、神を求めることができるのではないか、それなのに、お前たちは、友達のふりをしているが、砂漠のワディのように、それは見せかけだけで真の渇きをいやすことができない。ヨブは、お前たち(友達)にこれまで物質的なものを求めたことがない(22節、23節)、ただ、友情をもとめているにすぎない、ということを知ってもらいたいと話しました。

24節~30節において、ヨブは、自分への見直しを求めています。ヨブはこう言います。私があなたがたに期待しているのは愛であって、それに応えて欲しい。あなたがたは私が罪を犯したという前提に立って、私を見ているが、ではどんな罪を犯したというのか、具体的に示してほしい。そうでなければ、私の言い分を聞いてほしい。『思い直してくれ』と訴えます。しかし、先に結論ありきの3人が自分のことを本当に理解してくれるという可能性は極めて低いことがヨブには分るのです。それで、友との対話の最中ですが、ヨブは、神に対して語りかけるのです。それが7章です。

清宣教師