クリスマス、おめでとうございます。

この2025年の1年間、ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。

寒さの中にも、主の豊かな祝福がありますようにお祈りいたします。

さて、エゼキエル書の4章1節~5章17節までは、聖都エルサレムの裁きに焦点が当てられていましたが、5章6章1節~7章27節では、裁きの視野がイスラエル全体の裁きに拡大されています。内容的には、イスラエルは偶像礼拝の罪のゆえに裁かれなければならないこと、その裁きとは、外国の敵の剣による裁き、国内では、疫病と飢饉による裁きであることが預言されています。この厳しい裁きを通して多くの民が滅びますが、しかし、偶像礼拝の罪を悔い改めて、創造主のもとに立ち返る残りの民も起こされることを示唆しています。主のことばどおりに全地に裁きがなされる時、ようやく、イスラエルの民は、イスラエルの神こそ、主であることを知るようになるとも預言されています。7章は「終わりが来た」という預言です。イスラエルの全地に終わりが来たことを告げる預言です。この預言は、実際にエルサレムが陥落する3,4年前に語られていることになります。ユダの指導者も民たちも、自分たちは神の選民であり、エルサレムは神の都であるという錯覚により、偽善的、形式的な主への礼拝を悔い改めることなく、安穏な暮らしをしていましたが、それゆえに神の裁きをうけることになるのです。預言の通り、エルサレムの神殿は破壊され、ユダの民は、剣、疫病によって倒れ、残された者もバビロンの捕囚の民となります。

さて、クリスマスの話題になりますが、じつは、クリスマスには、多くの被造物が登場します。例えば、3人の博士を導いた「星」がそうです。それから、天使たちの歌声を聞いた羊の群れ、さらに、家畜小屋で、飼い葉おけの中に寝かされている赤ちゃんイエス様を見つめていた牛や馬などの家畜たちがいました。約束の救い主、イエス様の誕生は、人間だけなく、すべての被造物の救いをもたらす福音でした。呻き苦しんでいた被造物たちは、イエスの誕生を心待ちにしていました。ローマ人への手紙8章19節~22節には次のように記されています。「被造物は切実な思いで、神の子どもたちが現れるのを待ち望んでいます。被造物が虚無に服したのは、自分の意志からではなく、服従させた方によるものなので、彼らには望みがあるのです。被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由にあずかります。私たちは知っています。被造物のすべては、今に至るまで、ともにうめき、ともに産みの苦しみをしています。」

 

主は私たちの造り主、救い主、永遠の主です!